不動産屋が進めてきた物件は、相場の半額という破格値の家賃だった。
「いやいやいやいや、これダメでしょ」
「お客様のご要望通りですよ。駅から徒歩5分、近くにコンビニも駐車場も完備してます」
「完備してこの家賃なんでしょ?教えてください、何かあったんですよね?」
「事故物件ではありません。ええ、ハッキリと申し上げます」
「何人が死んで、そのうち何人が化けて出るんですか?」
「ですから何もありません。ゼロ人です。ゼロ人」
「じゃ、治安が悪いとか?強盗が入って、僕が被害者第一号ってことに」
「お客様」よくぞ聞いてくれました、という顔で不動産屋は笑った。
「ご安心ください。この物件、セキュリティ対策は万全ですから」
家賃の安さに惹かれ、引っ越して三日目。
疲れ果てた僕はリフォームされたての床に転がり、風呂が沸くのを待っていた。
『お風呂が沸きました』
軽快な音楽と共に電子音声が流れ、僕はフラフラと立ち上がる。
すると突然、甲高い警報音が鳴り響いた。
『ガス漏れ報知器です!ガス漏れ報知器です!お知らせします!ガスは漏れていません!繰り返します!ガスは漏れていません!ごゆっくり、おくつろぎください!』
……この部屋には大量のセンサーと警報器が設置されている。不動産屋の言葉通りセキュリティは万全だ。外部からの侵入も、内部での災害も、完璧に知らせてくれる。
ただ、困ったことに、何の異常がないことも、ハッキリと知らせてくれるのだった。
ぬるい湯に浸かっている間も、ひっきりなしに電子音声が飛び込んでくる。
『火災報知器です!現在、室内で火事は起きておりません!』
ものすごく緊迫したトーンで安全を告げられる。まったくリラックスできない。
『現在、秋田県北部に乾燥注意報発令中。お気を付けください』
ここは東京だ。何を注意すればいいんだ。
『現在、浴槽内に1名の人間がいます。来客および侵入者はおりません』
いると言われて、全裸の僕はどうすればいいのか。
思わず溜め息を吐いた瞬間、またしても警報音が鳴り響いた。
『ガス漏れ報知器です!二酸化炭素濃度上昇!二酸化炭素濃度上昇!』
深呼吸もできないのだ。僕は絶望しながら浴槽に頭を沈めた。
たまりかねた僕が電話をかけた翌日、不動産屋は大きな段ボールを抱えてやってきた。
箱の中に入っていたのは、無数のアンテナが突き出した機械だった。
壁にぶら下げたとたん、喚き散らしていた報知器たちが一斉に静かになった。
「オプションで、こちらの装置をお貸しできますよ」
すぐに機械のレンタル契約を結ぶことにした僕は、不動産屋が提示してきた料金に愕然とした。毎月、家賃とほぼ同額を払わなければならない。結局、相場通りの料金になるのだ。
僕は半ばヤケになりながら、不動産屋に尋ねた。
「……この、大量のアラームとか報知器を静かにさせる機械、なんていう名前なんですか」
よくぞ聞いてくれました、という顔で不動産屋は笑った。
「ややこしいんですがね。放置機、といいます」
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