ショートショート*夏の君(まないこ)

 彼と別れたのは去年の夏だった。

「今は女性と交際する余裕がない。ごめんね」

その一言を聞いて、洒落た一言を言わないと、と妙な機転を利かせた私は

「ありがとう。またね」

と強がってしまった。

交際するのに余裕が必要なのだろうか。
余裕がない中、他の誰にも気が遣えなくなるぐらい荒れても、お互い頭を撫でてなだめ合うのが恋人だと思っていたのに。
この半年間、彼は弱みを見せてくれなかった。

それは私が弱みを見せなかったからかもしれない、とガクガクと足が震える12月の駅のホームで気づいたのであった。
とても寒いこんな日なら、かわいらしく「さみしい」なんて言える気がする。

夏は人を強く見せようとしてしまうのだろうか。
高い気温に照りつける太陽の中、「さみしい」なんて言葉は似合わない。夏がいけなかったんだ。
季節のせいにしてみると、気持ちが楽になる。

しかしこの寒さの中で、彼は私があの時強がっていたことに気づいてくれるだろうか。
どうせ、さっぱり切らせてくれた女だと思っているんだろうな。
だって、夏に出会ってしまったから。

あの時、すぐに涙を溢れさせられたら、まだ2人でいられたのかな、と毎週行く映画館で涙を堪える度に自分を責めてしまう。
私は人前で泣くのが苦手だから、可愛げもないし、すぐに飽きられてしまうんだ。

あれからストーカーをするつもりはないけれど、彼の最寄のTSUTAYAは本当にDVDの品揃えがよくて、途中下車してしまう。
彼が教えてくれた、トイストーリー2も恋の罪も、ひたすら熱帯魚を眺めるビデオもいつもここに揃っている。

いいなあ。DVDになれたら、お家に遊びに行けるのに。

これから私が借りたDVDを、たまたま彼が抜き取ってお家に連れて行ったらいいなと思いながら、私は毎週彼が借りそうなDVDを持ち帰る。
返却までの1週間、同じ布団で寝てみたりして。

本当はオススメの物語をあのプレイヤーに入れて、肩を並べて一緒に見たいのに。
感動の2人だけの話題作を見つけたら、
君の肩に涙をこぼして、脆い私を見せられたのに。
そんな私を君は肩を引き寄せてキスとかしてくれたのかなあ。

冬の君を私はしらなかった。

フェスボルタ文藝部

”電話一本で誰でも出られるフェス”こと『フェスボルタ』から、部活を始めます。小説、エッセイ、評論、体験談、旅行記、戯曲、インタビューetc.みんなで文章書こうぜ。

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