100日間占拠(山内てっぺい)

 風邪をひいたようだ。アラームに気付かず目が覚めたのは3限が始まる時間だった。これはもうダメだ。とりあえず水だけ飲んで寝よう。体を起こしてメガネをかけると芹那がいた。またいるのか。芹那はサークルの同期だ。何かあるとうちにいる。「あぁ、おはよ。やっぱ寝顔可愛いね。」そう言ってカバンの中を探り出した。「おい。吸うなら...」そこまで言うと「分かってるよ。何回も聞いた。」と言って立ち上がり換気扇の下まで行くとすぐ100円ライターで火をつけ安い煙を登らせた。「もう100日目なんだよね。」急に芹那が話し始めた。「もう100日目なんだよ。この家に来るようになって。こんな綺麗な女が100日も目の前にいるのになんでお前は手を出さないの?ほら。セックスしようよ。」またこんな話か。呆れて横になった。僕には付き合って2年経つ彼女がいる。だから芹那に手を出すようなことはしない。確かに芹那は好みの顔だし綺麗な体をしている。でもそういうことをしたいとは思わない。まぁ芹那が家に来ても追い出したりしないし夜が遅いと泊めたりするのは良いのかと聞かれたらよくないし、嫉妬深い彼女にバレたら怒られると思う。なぜ芹那は僕に近づき僕の6畳半の部屋に入り浸り体の関係を求めるのか理解ができなかった。「風邪をひいた。相手をする体力はないから帰ってくれ。」僕が最後の力でそう言うと芹那はタバコを消して帰り支度を始めた。「ここにきて100日目。100日かぁ。そっか。100日って短いもんね。」

 次目が覚めた時はもう夕方だった。とりあえず吸い殻を捨てて消臭スプレーで残ったタバコの匂いを消し、どこか異変がないか確認した。風邪で体は重くつらかったがここでチェックを怠って愛する人を失うほど馬鹿じゃない。とにかくいつものような部屋に戻してから彼女に電話した。愛海はバイト先で知り合った2つ歳上の僕の彼女でもう社会人だ。「風邪ひいちゃったからごはん作りに来て。」僕が甘えられるのは愛海だけで、たぶん数年後に僕らは結婚するんだろうなぁと思っている。正直、ハタチを過ぎたらステータスとしての恋人は要らないと思っていた。愛海とハタチの誕生日を過ごしたときそのことを伝えると「そういうとこ、あんたはまだ子どもだね。かわいいなぁ。」と話を逸らされた。「大丈夫?今日はまだちょっと仕事が終わりそうになくてさ。まぁちょっと遅くなるかもしれないけど行くから。熱は?動ける?つらいかもしれないけどなんか冷蔵庫にあるもの適当に食べなよ。私のアイス食べていいから。じゃ、待っててね。」愛海は忙しそうに電話を切った。こないだ愛海が遊びにきた時に置いていった少し高めの方のバニラアイスをゆっくり食べた。火照った体の中でバニラアイスは優しく溶けていく。

 愛海が家に着いたのは20時過ぎだった。「遅くなってごめんね。すぐつくるから。もう!こたつで寝ない!だから風邪なんかひくんだよ!ほら!寝るならベッド行きな!あ!なんでこっち食べるの!もう!まぁいいけど。大丈夫?」愛海に急かされ体を起こした。「だるい。あれ買ってきてくれた?UFO」「買ってきてるよ。全く。風邪ひいてんのによくあんなの食べられるよね。お父さんそっくり。」「風邪ひいたときはUFOが1番なんだよ。あと喉も痛いかな。」「分かってるよ。私を誰だと思ってるの?いいからできるまでちょっと待ってて。片付けするからさっさとベッド行って。」愛海は僕のすべてを知っている。今欲しいもの、して欲しいことを言わなくてもやってくれる。でも聞いてみたくなる。「あれはある?それやってくれる?」と。その夜は愛海の作ったUFOを食べながらつまらないテレビを一緒に見た。そしてできるだけ甘えてから寝た。愛海は明日も早いからと終電ギリギリで帰って行った。「次はいつ泊まってくれるの?」と愛海に聞くと「タバコの臭いが消えたらね」と返ってきて少し焦った。「やっぱ臭う?」「消そうとしたことは分かる。まぁあんたが吸わないのは知ってるし、どうせお友達でしょ?次から換気扇の下とか外で吸ってもらって。ここは私の2個目の家でもあるんだし。じゃね。」たぶん愛海はもう気づいている。怖くなった。

 次の日の朝、また芹那がいた。「おはよ。彼女来てたんだね。泊まって行かなかったの?」そろそろ聞かなければいけないと思い「あのさ、お前の狙いはなんだ?なにがしたいんだ?」としっかり芹那の目を見て言った。「やっと怒ったね。それを待ってた。もう100日過ぎたからどっちでもいいよ。やってみたかったんだ。こういうこと。お前が来て欲しくないって言うならもう来ないよ。じゃ。」少し寂しそうな顔をして芹那は帰って行った。その日からもうあの女が家に来ることは無くなった。サークルで会っても会話することはなかった。しばらくして、僕は愛海に正直にこの話をした。すべてを話して謝った。すると愛海は「私はその芹那ちゃん?の気持ちがなんか分かるなぁ。」と言い出した。どういうことか聞いても教えてはくれなかった。芹那がしっかり数えていた101日間が一体なんだったのか全く分からない。ただ、ずっと僕の記憶の中にはあの期間が焼き付いていて忘れられない。きっと忘れられないまま死ぬんだと思う。愛海はそんな僕のことも愛してくれるだろうか。不安になるけどもしかしたら愛海にもずっと忘れられない何かがあるかもしれない。それでも僕は愛海を愛してるから、きっとそういうことだと思っている。

フェスボルタ文藝部

”電話一本で誰でも出られるフェス”こと『フェスボルタ』から、部活を始めます。小説、エッセイ、評論、体験談、旅行記、戯曲、インタビューetc.みんなで文章書こうぜ。

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