無題な夜(山内てっぺい)

 いつもどうでもいい話ばかりしている。昨日だって気持ちいい首絞めプレイはどういうやつかって話だった。もっとくだらない話をいっぱいしてきた。ほぼ毎日。だらだらいろんな話をして、3時を過ぎたあたりで結論が出たりその話に飽きたりして僕の方から「好きだよ」と言う。彼女も「好きだよ」と言う。僕の好きと君の好きの重さに違いはあるのだろうか。きっとあるからあまり考えないようにしている。悲しい気持ちになりたくない。そんなもんだ人間なんて。

 そんな彼女が今日は早く寝たいと言うから電話ができなくなった。仕方ない。最近寝不足だから僕も早く寝よう。電気を消す。布団に潜る。冬の布団は冷えている。体温がゆっくり布団に伝わってあったかくなっていく時間が好きだ。12時が1時になる。布団はもうあったまっている。ただ眠れない。2時が過ぎ3時になる。もう諦めた。今日は眠れない。彼女の写真に向かって「好きだよ」と言ったところで返事がないから眠れない。僕は少し厚着をして外に出た。さぁどこに行こう。彼女の好きなシンガーソングライターが好きだと歌うあの迷宮に行こう。汚れたっていいよ。眠れない悲しい僕は約7キロを歩くと決めた。

 途中までは見慣れた景色だ。バイトの帰りに通る道だから。東京のくせに人のいない道をずんずん歩く。少し寒い。寂しいから音楽でも聞きながら歩こう。耳元に流れ出したガールズバンドはこないだボーカルが辞めた。なんだか今の僕より悲しい気がする。ただ気にしない。歩く。バイト先を通り過ぎた。早く時給を上げろ。でも今は気にしない。歩く。目的のあの迷宮に向かって歩く。自販機の灯りが妙に眩しい。そのあったか〜いコーヒーより彼女と抱き合った方が確実にあったかい。そんなくだらないことを考えた。しばらく歩くとコンビニの外に証明写真の販売機があった。こんな時間でも僕を証明してくれるのかな。入ってみる。目の前に写る自分の顔に問いかける。「お前は彼女が好きか?」好きだから外に出て、また歩いた。

 そろそろ燃料切れの僕の目の前にガソリンスタンドが現れる。いかにも陸上部上がりという感じの男2人がタクシーを磨いていた。彼らは何が嬉しくてこんな時間に他人の車を磨いているんだろう。そんな選択肢しか無かったのだろうか。ひどいことを思ったが、よく考えたら僕もやることがないから目的もなく歩いている。こんな選択肢しか無かったわけではない。でもこれを選んでいる。なんだかなんとも言えない気持ちになった。なんとも言えない気持ちってなんとも言えないって言えてるよな。くだらない。歩く。

 少し細い道に入ってみる。住宅街だ。とても静かで数時間後に待ち構えている朝に向けてみんな充電中だ。みんな頑張ってね、僕はまだ休みだけど。ぶらぶらして戻ろうと思ったら少し道に迷った。どうやら来た道をちょっと戻っていたようだった。結構進んだのに。どうにか大きい道に出てまた歩いた。小さい公園があった。ブランコ滑り台シーソーあとなんか。久々にブランコに揺られてみた。昔取り合ったブランコを今は独り占めしている。でもあまり面白くないのはなぜだ。もう子どもじゃないからか?多分違う。でも理由がわからない。とりあえずあまり面白くない。虚しくなって悲しくなって彼女を思い出して、また歩き始めた。

 もう何も考えずに歩いた。頭の中を空にしてただひたすらに歩いた。迷宮は遠かった。迷宮の前に迷宮があるような、そんな感じ。歩いても歩いてもただ夜だった。トラックが走っていく綺麗な真夜中だった。もう4時を過ぎたから夜と朝の間というかそろそろ朝が起きてくる時間だけど僕はいま夜を歩いている。僕の夜明けはあの大きな駅に着いてからだ。僕を囲む建物が次第に高くなってくる。信号待ちでふと見上げる。手が届かないマンションやビルがそこには並ぶ。もうすぐかな。ちょっとワクワクしてきた。気を緩めずひたすらに歩く。少しずつ街の灯りが増えてくる。車のライトが向こうを照らす。24時間開いてるお店も退屈そうに夜を過ごす。気づいたら目指していた場所に着いた。フェードインするように僕はその駅前に立った。いつの間にか僕はここにいた。知らない間に目の前は迷宮だった。予兆なんて無かった。ただ目の前にいきなりでんと座っていた。時間はもうすぐ始発が出るような時間になっていた。

 特にすることもなく遊び方も知らない僕は電車に乗って帰ることにした。ホームレスの間を通って京王新線のホームに向かった。東京のくせに電車を15分も待った。電車の中は暖かくすぐにでも寝れるような感じだったけど目は冴えていた。7キロを歩き何もせず電車にのる。なんて無駄なことをしているんだろう。その興奮で目が冴えている。目の前に座っているスーツケースを膝で挟んで座っている女の子が中2の頃好きだった女の子に似ているとか、その隣に座っている男が着てる服をこないだ先輩も着ていたなとかまたそんなくだらないことを考えていたらいつも降りる駅についていた。

 また歩く。自分の部屋に向かって。なんだか楽しい夜だった。この夜のことを誰かに言いたい。誰かって誰?もちろん彼女だった。結局どこで何をしても何を見てもいつもずっとこれまでもこれからも全部彼女に言いたい。彼女に教えたい。彼女に聞かせたい。部屋の鍵を開ける。誰もいない1人ぼっちの部屋。彼女がいればいいのに。財布を机に投げてベッドに身を投げる。布団は冷たくなっていた。暖めてやるか。次こそは眠れそうな気がする。

フェスボルタ文藝部

”電話一本で誰でも出られるフェス”こと『フェスボルタ』から、部活を始めます。小説、エッセイ、評論、体験談、旅行記、戯曲、インタビューetc.みんなで文章書こうぜ。

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