ウィスキーの秋(山内てっぺい)

 カレンダーは10月で季節はきっと秋だった。何本かの安いウィスキーの空き瓶が僕を囲んでいた。


 彼女は僕が酒を飲むことを嫌っていた。酒が嫌いなわけではないようだが、僕が酒を飲んでいると決まって「私より酒を相手にすんの?」と言っていた。そんな彼女の酒への嫉妬に対して、僕が2人で飲もうかと誘った時それに乗ったら機嫌のいい日、それを断り僕からグラスを奪ったら機嫌の悪い日だった。彼女の機嫌の悪い日に無理して飲みたいほど酒が好きなわけではないので、そんな日はシャワーを浴びてとっとと寝ることにしていた。

 彼女と一緒に暮らすようになる前まで、僕にとっての酒はただの睡眠薬だった。つらいこと、主に彼女と喧嘩したときは飲めないくせに強い酒を一気に飲んでフラフラになりながら眠りについた。そうでもしないといろいろ考えてしまい胸が痛くなって眠れない。どこにも向けられない不器用な自分への怒りをどうすることもできないまま二日酔いの体で仕事に行き、帰って来たら彼女に謝罪のメールをする。返信で彼女の機嫌を予測し謝罪の電話もする。こうしていつもの2人に戻っていった。

 彼女と一緒に暮らすようになってからは、酒を飲む理由が変わった。喧嘩をしたから飲んで寝るということはなく、喧嘩しようが機嫌が悪かろうが彼女は僕と同じベッドで寝た。一度僕が気を使って床で寝たとき、彼女は何の迷いもなく僕の隣で寝た。翌朝体の痛みで目が覚め、2人で笑いあって仲直りした。そんな調子だから別に酒の力は借りなくてもよくなったのだが、バカな酒の覚え方をしてしまった僕はたまに強い酒を浴びるように飲んだりしていた。なんだかそうしたい気分になることが月に2回ぐらいあった。それが原因で喧嘩になったことはなかったが、やっぱり彼女は少し嫌そうにしていた。彼女のために酒をやめねば。ふとしたときにそんなことを考えたりするようになった。


 一緒に暮らし始めて3年が経ったある日、彼女が急に家を出ていった。理由は大体予想がつくが、僕のこういった予想が当たったことは一度もない。だから本当の理由は彼女しかしらない。とにかく彼女は不器用な僕を残して何処かに行ってしまった。こんな日が来るとは思っていなかった。いつかは結婚していつかは子どもができていつかは2人でこの部屋を出て新しい家で暮らすんだなとぼんやり思っていた。でも今僕は部屋で1人だった。2人で暮らすには少し狭いけど1人には広すぎるこの部屋は10月にしては少し寒かった。

 僕は酒を飲んだ。誰も止める人がいないからずっと飲み続けた。ある程度酔っ払うと寝た。頭痛で目が覚めると昼だった。動く気力はないがとりあえずシャワーを浴びて酔いを覚まそうとした。ただそう簡単には覚めない。中途半端に抜けた酒が気持ち悪くなりまた浴びるように酒を飲んだ。こんな頭の悪い酒の飲み方を1週間続けた。ふと思い出したようにケータイを開いてみた。彼女からメールがきていた。そのメールには2人でいることに疲れたから一度距離を置きたいという内容が無駄に長い文章で書かれていた。ケータイを壁に投げつけてウィスキーを割らずに瓶ごと一気に飲んだ。目の前が真っ暗になった。

 

 気づいたら病院のベッドで寝ていた。隣を見ると彼女が小さな机に突っ伏して寝ていた。どうやら僕は彼女のおかげで生きているみたいだった。聞いた話では意識を失った僕を発見して救急車を呼んだのは彼女だったらしい。搬送されてから僕の意識が戻るまで、彼女はずっと僕のそばにいてくれたみたいだった。僕は彼女に迷惑をかけてばっかりだと自分を責めた。いつもの喧嘩と違うはずだったのに、いつもの時と同じように僕は僕が嫌いになっていた。

 「やっぱりあなたを放っておけない、実際こんなことになるんだし」と彼女は僕に言った。続けて「一時の感情で行動してしまってごめんなさい」と丁寧に頭を下げた。僕は彼女の謝罪にどう答えていいかわからなかったがとりあえず今回のお礼を言った。

 1週間ほどの入院を終えて僕は彼女と2人で家に帰った。途中「もう懲りたでしょ。お酒辞める?」と彼女が聞いてきた。辞めないと言ったら彼女はどうするのだろうかと気になって辞めないと答えてみた。すると彼女はなにも言わず僕の顔をジッと見ていた。それから2人はなにも喋らず家まで帰った。秋の空が寂しかった。

フェスボルタ文藝部

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