ロマンチックになんてならない(いぬ)


右手の中指で、そっと人差し指の爪に触れる。指の腹で、ゴツゴツとしたネイルストーンをなぞる。特に理由があるわけではないけれど、なんとなく落ち着く気がする。
右手の人差し指と、左手の薬指。ストーンを乗せる指は、この2本と決めている。右手は、何かを指し示した時に目立つから。左手はとりわけ特別な理由なんてない。
ただ、左手の薬指がキラキラしているのは、やはりなんとなく気分が上がる気がした。

月に一度、ネイルを替える。伸びてしまったぶんの爪を切り、新しい色に爪が塗り替えられる。

ーーこのネイルに替えてから、彼と会えてないな。

手のひらを上にかざすと、赤く彩られた爪の上のストーンが、部屋の照明でキラリと金色に光って見える。
この爪にしてからどれくらい経っただろうか。最後にネイルサロンに行ったのはいつだっけ、と手帳を開いて確認してみる。3週間前だ。

彼と付き合い始めてから、ネイルを替えるたびになんとなく彼のことを思い出すようになった。この色は彼が好きそうだ、彼はもう少し地味な方が好きかな?そんなことを考えながらカタログからデザインを選ぶのが、月に一度の楽しみになった。

彼に見てほしいなと思う。男の人は女の子の爪なんかなんとも思わないと言うけれど、もはや自己満足なのだ。彼のことを考えながらネイルをする、ということを1人で楽しむということを満足しているだけ。

そうして1人でロマンチックな、恋愛小説の主人公になったような気分に浸って、彼から3週間連絡がないことから目を逸らす。

この爪を塗り替えるまでに、彼に会えるのだろうか。
彼を思いながら選んだこの色を、彼は見ることがあるのだろうか。
彼の好きなこの色に塗られたこの爪は、彼に触れられることがあるのだろうか。

来ないとわかっている彼からの連絡を心の片隅で勝手に期待しながら、伸びてしまった爪の付け根を、もう伸びてくれるなよと睨んだ。


フェスボルタ文藝部

”電話一本で誰でも出られるフェス”こと『フェスボルタ』から、部活を始めます。小説、エッセイ、評論、体験談、旅行記、戯曲、インタビューetc.みんなで文章書こうぜ。

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