大男の喚き声に起こされるのは、心地よい目覚めとは言い難い。
僕は寝ぼけている。大男はうるさい。中東系の怒鳴り声は一ミリも理解できない。
「☆▽××!××▼☆彡!?〇uck××!!」
とにかくまずは、共生機をつけないと。
僕は共生機に度を入れている。裸眼だとほぼ何も見えないくらい目が悪いんだ。
何度か空を掻いた手が、やっと目当てのものを掴む。
しっくりくる位置にレンズを合わせ、イヤホンを嵌める。
「×☆彡ら早くしろよ!いつまで寝てるつもりなんだ!」
途端に大男の言葉が意味を持って聞こえだす。
「のんきに共生機を探している場合か!点呼に遅れるぞ!」
「見つからなかったんだから仕方ないじゃないか」
「さっき何回も『そこにあるぞ』って教えただろうが!」
「分かるわけないだろ!共生機がないんだから!」
悪態をつきながら、僕はベッドから飛び起きた。
共生機の正式名称は、リアルタイム相互翻訳なんとかかんとかモジュール、という。
どこの国の言葉でも長すぎて覚えられない、と、よくネタにされている。
まず、携帯電話みたいに「どこの国の言葉で翻訳するか」を選ぶ。
すると、世界中のありとあらゆる言語を、登録した言語に変換してくれるのだ。
音声はイヤホンを通じて、文字はレンズ越しに、瞬時に同時通訳される。
父さんの時代の共生機は、今よりずっとデカくて、重くて、値段も今の10倍くらいしたらしい。リュックサックみたいに背負うのが当たり前の共生機を、敢えて肩に担ぐのが不良スタイルだったんだって。
じいちゃんの時代の共生機は、俺も博物館で観たことがある。軽ホバートラックぐらいのサイズと価格だったけど、当時の企業はこぞって買い求めたらしい。
それより前の世代、昔むかしは、外国語を話せることがステータスだったそうな。
他人と話せるってだけで一目置かれてたってんだから、羨ましい話だ。
いまや共生機は全世界に普及して、俺らみたいな肉体労働者も当たり前に持っている。
言葉の壁は完全になくなって、どこの国の人間もイーブンに会話ができるようになった。
世界中の賢い人と、偉い人と、そうでない人は、ここぞとばかりに話し合った。
そして、巨大な計画が持ち上がった。工期も予算もケタ違い、世界規模の一大計画が。
というわけで俺は、大男と共に現場に駆け付け、青い目の現場監督にそろって頭を下げる。
寒い国や暑い国の話を聞きながら、資材を運び重機を運転する。
なかなか重労働だけど、やり甲斐はあるし、稼ぎもいい。
なにせ、地球に生きるすべての人間の悲願、とまで言われているビッグプロジェクトだ。
いままでの人類の歴史の総決算、とまで謳われていた。どこの国のやつが考えたんだよ。
偉大な計画を完遂するため、今日も僕は一作業員として、電動ドリルでネジを締める。
共通の言語を使って、共通の目標に向かって、僕らは働く。
人類が建てる巨大な塔は、今日もどんどん、天へと伸びていく。
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