私は今雪が降るのを待っている。でもこの町は雪が降らない。私の名前には雪が入っている。だから私は雪が好きだ。それでもこの町は雪が降らない。もともと雨すらまともに降らないようなこの町で雪を待つ方が馬鹿げている。でも私は雪を待ってる。こんなに寒い日なのにアイツが待ち合わせ場所に来ないから。
いつものように遅刻してきたハルキはいつものようにバカみたいな笑顔で「行こうか」なんて言ってくる。こいつのこと嫌いじゃないけどこういうところはやっぱり腹がたつ。遅れてきたんだからまずは謝るのが普通だと思う。だからこいつとの待ち合わせは嫌だ。
最初はあんなに好きだったのになぁ。とたまに思う。悪いやつじゃない。行きたいって言った場所に連れていってくれるし、欲しいなってボソッといったものでも覚えてて何かのタイミングでプレゼントしてくれるようなかっこいいこと平気でするし。名前のとおり春みたいにあったかいこいつが私はすごく好きだった。過去形にするのはまだ早いかもしれないけど今はいわゆる倦怠期というやつなのかちょっとしたことに腹がたつ。一緒にいるのが疲れる。でも会いたくないわけじゃない。なんか難しい。私すごく難しい。
映画が終わり外に出てもやっぱり雪は降ってなかった。何も知らないハルキは「やっぱ寒いねぇ」なんてあったかい声で言ってくる。好き。でもなんかイラっとする。こいつがあったかいせいで雪が降らないんじゃないかな。やつあたりしてみても雪は降らない。私だってもう子どもじゃないんだからそれぐらい分かってる。でもなんかこいつにあたってみたい。なんだか許してくれそうな気がするから。「可愛いなお前」とか言って頭をわしゃわしゃ撫でてくれそうだから。でもそんなことされたらせっかくちゃんと作った髪型が崩れるからきっとイラっとするんだ。やっぱり私は難しい。自分でも思うぐらいだからこいつもそう思ってるのかなぁ。
「こんなに寒いのに雪降らないな」とハルキが急に言いだした。「お前雪好きなのにな」っていつこいつにこのこと話したっけ。私は返事せず目の前の石ころを蹴飛ばした。石ころのころって可愛いなぁってくだらないことを考えながらハルキの家に向かった。きっとこの後私たちはセックスする。そしてそれを誘うのは絶対私だ。こいつはほんとはしたいくせにいつも我慢してることを私は知ってる。女である私がこんなことするのってなんかダメみたいな風潮あるけど、そんなことないと思う。って親友のナルミに言ってみたらすっごく引かれたからもう誰にもこんなことは言わないって決めた。ハルキとセックスしたいって思えてるうちは好きなんだって自覚できるから安心する。私今すっごく恥ずかしいこと考えちゃったなぁとまた石ころをコンと蹴る。変な方向に飛んで行った。
裸でハルキの布団にくるまってお腹のあたりの変な感覚をこのまま残しておきたいのにだんだん消えていくのが寂しくなってきたころ、ハルキがボソッと「雪だ」と呟いた。慌ててガバッと起き上がって窓の外を見た。雪だった。後ろからふわっと暖かさが私を包んだ。ハルキだ。ハルキは不安そうに「どこにも行くなよ」と言った。私はただ「うん」としか言えなかった。これ以上喋ったら泣いてしまう。泣きたくないからもう喋らない。大丈夫だよハルキ。お前が浮気をしない限り私は絶対離れないよ。きっと。たぶん。めいびー。
ちょっと上機嫌になった私をハルキは駅まで送ってくれた。ほんとに寒かったから途中のコンビニで肉まんを買って食べながら歩いた。お行儀が悪い。でも肉まんの一番美味しい食べかたってこれだと思う。雪は静かに降っている。積もるかなぁとか淡い期待を抱いてみる。朝起きた時に町が一面真っ白だったらすごくテンションがあがる。「寒いね」とハルキに言ったら「こんなにくっついてるのに?」とか言ってきた。余計なことは言わなくていいからそこはただ「寒いね」って言ってくれればいいのに。お前は春だからあったかいかもしれないけど私は雪なのだ。これ以上私を融かそうとしないでほしい。
降り続ける雪を楽しみながら家に帰った。お腹のあたりの変な感覚は肉まんごときに消し去られてしまった。あんなに大事にしてたのに。大事にしてたものって割とあっさり無くなってしまう気がする。大好きな雪だってこの町じゃ明日の昼にはぜーんぶ融けてしまってるはずだ。じゃあ大好きなハルキも...ここまで考えて私はお風呂に入った。これ以上考えるのはやめよう。今日は熱いお風呂に入って寒い夜に備えよう。寒い夜だからハルキの夢を見るだろう。どれだけ強がっても偉そうにしてもやっぱり私はハルキが好きだ。ハルキがいない生活を想像するだけで元気が無くなってしまう気がする。だからそんなことを考えないで済むように、いい夢が見られるようにお風呂で不安を流してしまおう。雪が融けたら春が来る。私はそんな町で生きている。
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